倉敷美観地区誕生
倉敷紡績大原総一郎は「倉敷を日本のローテンブルクにしよう」と町並み保存を提唱する。
ドイツのローテンブルクは、戦禍から見事な復旧を果たし、かつての中世のたたずまいを残す観光都市として再生した町。
この保護運動に感動を覚えた総一郎は戦災を免れた倉敷の町並みに歴史的な価値を見出し、文化的な遺産として後世に残す必要性を訴えたのである。
親子二代にわたる理想主義が息づく倉敷美観地区は、毎年数百万の観光客が訪れる美しい町である。
ただ観光に行くだけでなく身近な場所での日々の意識が大事なんだとそれが未来の観光地を作るということなんでしょう。